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高松高等裁判所 昭和38年(う)158号 判決 1964年6月03日

被告人 嶋村哲平

主文

本件控訴を棄却する。

当審の訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は記録に添付する弁護人橋本敦同小牧英夫作成名義の控訴趣意書に記載の通りであるからこれを引用する。

控訴趣意第一点(事実誤認の主張)について。

論旨は、被告人は原判示学力テスト用紙を久保喜重からもぎとつたことはなく、同人の自由意思に基づき同人より受取つたもので、又同用紙を隠匿したことも無い、これに反する原審認定は判決の結果に明らかな影響を及ぼす重大な事実誤認であると主張するのである。原判示証拠及び当審で調べた証拠の結果によると、高知県室戸市教育委員会は文部省及び高知県教育委員会の指示に従い同市佐喜浜小学校六年生につき昭和三六年度所定の学力調査の実施を決定し同校々長山上基を実施責任者、同学年担任教諭久保喜重、同山下勉、同宮崎栄子の三名を調査補助員、教育委員谷岡善吉を調査立会人として夫々任命し、同年九月二六日午前一〇時から約一時間の予定で国語の学力調査を実施することとしたのであるが、室戸市教職員組合佐喜浜小学校分会(その当時被告人が分会長で、会員は右テスター三名を含めて一四名)は、学力テストの問題点を検討の上絶対反対の立場をとり右実施前日である九月二五日まで同市教育委員会、校長山上基、児童の父兄等と数回に亘り話合や説明会を持ち反対理由を縷々説明し、その実施を同教育委員会或は実施責任者において任意中止するよう説得を重ねたが容れられず、この侭の状態では翌二六日は学力調査が予定通り実施される段階となり、二五日夜同校宿直室に全分会員が集合し調査反対の既定方針を更に確認すると共に、久保等三名のテスターに中止の責任が及ばない方法に於てこれを中止せしめる方法が未だ他に残されているかとその具体策につき深更まで協議を重ねたが適切な方法を見出し得ず、結局翌朝もう一度校長と話合い、できるだけ多数の者が発言して中止を要請し目的を貫徹すること、それにつき翌朝八時頃全員宿直室に集合し再度協議をすることを打合せ午前一時頃解散した、ところで、久保喜重は内攻的性格で組合の会合の席においても特に目立つ発言もせず又反対意見の場合でも明白にそれを表明せずその真意はくみとり難い者とされていたが、一旦組合の意思が決定された限りその真意如何にかかわらずこれに反する措置をとることもなく所謂分派行動に出る者とも考えられて居らず、結局組合の意思通り行動をとるものと受取られて居り、本件調査問題においてもその態度甚だ曖昧であるが、分会の席上は勿論その他の場所においても特に右分会の方針に反対の意思を表明せず、又これを認むべき態度も示さないので仮に真意は反対でも結局組合と同行動に出るものと他の分会員より信じられていた、かかる状況下で翌午前八時頃久保を含む全組合員が前夜の打合せに基き同校宿直室に集まつたが、その時関川勇よりテスト立会人谷岡教育委員がテスト実施のため既に学校に来て居り同委員は教師たち(組合員)の強い反対の意思は十分承知しながらテストは中止せず予定通り実施する旨言明しおると知らされ、同時に関川の咄嗟の提案即ち「テスターは三名ともテストを実施するということにしテスト用紙を実施責任者より受取りそれを分会員が預りテスト実施を不能にすれば、この機に及んでも、まだ分会員全員が反対しこれを阻止せんとして居ることが明らかとなり同市教育委員会或は実施責任者も已むなくテストを中止するであろう、さすれば中止の目的は達するし、テスターに対する責任追及もあるまい」との案に久保を除く全員賛成し久保は左様な方法による中止は同人にとつて不本意なことであるが結局已むを得ないものと判断し暗黙裡にこれに賛同した、その後間もなくテスター三名は校長より校長室においてテスト実施についての各自の意見を求められ、三名共右分会の決定通り真実テストをする意思はないのにこれを秘し、久保は「最初からこの調査に賛成であるから勿論調査を実施する旨」、山下、宮崎の両名は「基本的にはこの調査に反対であるがこの段階においてはやむなく調査補助員として調査を行う旨」夫々答え、なお三名とも校長において更に分会員と話合つて貰いたいと訴え校長はこれを容れ同校職員室で分会員と話合つたが話は整わず、時間も迫りテスター三名は校長にうながされて校長室に入り午前九時四五分頃夫々午前一〇時から約一時間予定の六年生の国語の学力調査問題用紙を受取り同室を後にし、山下の所持する用紙は松本富美、米倉百枝、宮崎の所持する用紙は右米倉の手を経て何れも職員室北出入口附近で被告人に渡り、続いて(九時五〇分頃)被告人は同所より約三、四米玄関によつた処で久保の後方より「久保さん貰うぜよ」と声をかけ同人の所持する右用紙四二部を受取り直ちにこれ等を持つて被告人担任の同校三年B組教室に入り同日午前一〇時過頃までの間これを同室内書棚に置き、該用紙の利用を妨げこれ等用紙を使用して右実施責任者山上が久保等の補助の下に実施すべかりし前示国語学力調査の実施を不能ならしめたものと認めるを相当とする。原審認定は当審の右認定と一部異り、その限度において事実誤認は免れぬが、その誤認は未だ判決に影響を及ぼすものではないから、結局本論旨は採用することができない。

控訴趣意第二点(法令の適用の誤りその一)について。

論旨は本件テスト用紙は刑法第二五八条所定の公務所の用に供する文書でなく、又これを被告人が久保喜重より受取り自己の担任教室に持帰り書棚に置いた所為は同条の毀棄に該当せず、これに反する原審判決は同条の解釈ないし適用を誤つたものであると言うのであるが、当裁判所は原審判定と全く同一理由で同テスト用紙を同条の公務所の用に供する文書と認めるところであり、又同条にいう毀棄とは領得以外の方法で文書の効用を侵害する一切の所為を云い、有形力の行使により物質的乃至物理的に破損する場合は勿論、一時的にその効用を滅却する場合も含むものであり、本件国語の学力調査は午前一〇時から実施され最初の一〇分間か一五分間は全国共通のラジオ放送によるもので被告人は前示認定の通りその実施を阻止する目的で久保喜重よりテスト用紙を受取り自己の担任教室に持帰り書棚に置き、これを久保テスターの担任児童に右ラジオ放送の前に配付せしめなかつたためこの用紙に基く右学力調査は不能となり該用紙は最早やその目的のため利用することは出来ないものとなりその効用の殆んど全部を失つたもので、従つて被告人の右所為は同条にいう文書の毀棄に該当すること極めて明白で本論旨は何れも到底採用することができない。

控訴趣意第三点(法令の適用の誤りその二)について。

論旨は被告人の本件所為はいわゆる可罰的違法性を欠くものであるというのであるが、当裁判所は原裁判所と同一理由により本件学力調査は妥当な措置と認めるところであり、これを阻止する被告人の本件所為は、それが被告人において主観的には不当な支配から教育を守る目的であつたとしても、その手段方法において必要性、緊急性及び相当性のいずれをもそなえず又その所為によつて失われた被害法益も重大で到底可罰性を欠くものと言えず、本論旨も採用できない。

よつて本件控訴は理由がないので、刑事訴訟法第三九六条により棄却することにし当審の訴訟費用は同法第一八一条第一項により全部被告人の負担とし主文の通り判決する。

(裁判官 横江文幹 小川豪 伊藤俊光)

原審判決の主文及び理由

主文

被告人を懲役二月に処する。

この裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、室戸市佐喜浜小学校の教諭であるところ、室戸市教育委員会が文部省及び高知県教育委員会より昭和三六年度における小学校児童の学力の実態をとらえ、学習指導、教育課程および教育条件の整備改善に役立つ基礎資料を得るための学力調査を実施し、その結果の報告の提出を求められたので、その指示に従い、所定の学力調査の実施を決定し、管内の右佐喜浜小学校については、同校校長山上基を実施責任者とし、同校教諭久保喜重外二名を学力調査補助員としてそれぞれ任命し、同年九月二六日午前一〇時から約一時間の予定で国語の学力調査を実施することとしたのであるが、被告人は、右学力調査補助員久保喜重が担当していた国語の学力調査の実施を阻止する目的で、同日午前九時五〇分頃同校職員室北側出入口附近廊下において、同人が携行していた小学校国語調査問題用紙四二部をその後方より「久保さん貰うぜよ」と声をかけ、いきなり同人の手からこれをもぎとり、同日午前一〇時過頃までの間これを被告人担任の同校三年B組教室内に持ち去つて戸棚に置きさらにその上に画用紙を置いて隠匿し、よつて右久保担任の国語学力調査の実施を不能ならしめ、もつて同市教育委員会の用に供する文部省作成の小学校国語問題用紙四二部の文書を毀棄したものである。

(以下略)

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